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釧路地方裁判所 昭和52年(モ)228号 決定 1985年10月17日

北見市寿町三丁目五番地

原告

益井愛人

右訴訟代理人弁護士

今重一

今瞭美

北見市青葉町一三番地

被告

北見税務署長

右指定代理人

菊池至

八川一男

竹田博輔

細川博毅

秋田谷忠之

漆崎量

溝田幸一

右当事者間の昭和五一年(行ウ)第二号所得税更正処分取消等請求事件につき、原告から文書提出命令の申立があったので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件申立をいずれも却下する。

理由

第一申立の趣旨

原告は、

「被告は、左記の文書を提出せよ。

(一)  被告提出の乙第六ないし第一三号証の各一、二(AないしGの昭和四三、四四年度分の所得税青色申告決算書各二通及びHの昭和四三年三月一日から同四四年一月三一日まで及び同年二月一日から同四五年一月三一日までの各損益計算書)の原本(被告が開示していない氏名、住所のすべてが開示されているもの)。

(二)  被告が作成した原告に関する昭和四二年度、同四三年度、同四四年度の各所得調査票及び原告の所得申告に関する調査。」

との文書提出命令を求める。

第二原告の申立理由

一、申立の趣旨(一)記載の文書(以下文書(一)という)について

原告は、文書(一)をもって被告のなした昭和四六年三月二六日付更正処分のための推計が不合理であることを立証しようとするものである。文書(一)はいずれも被告が所持しており、本件訴訟に証拠として提出し、かつ被告準備書面において右文書の内容を引用して主張しているのであるから、被告は民訴法三一二条一号により右文書の提出義務を負っている。

二、申立の趣旨(二)をもって原告が本件に関し被告の調査に応じていた事実及び推計による課税が不要であった江戸修が当審において証人として証言した際、被告主張に係る事実、更正決定の必要性(特に調査への原告の非協力)及び帳簿の他の資料との食い違いなどについて、証言直前に右文書で確認した事実のみを証言しており、江戸証人は純粋な第三者ではなく、本件の更正処分の当事者ともいえるものであるから、同人の証言は実質的に被告の弁論にも比すべきであり、このような場合民訴法三一二条一号に該当しないと解すると、所持する文書の内容を記憶させて証言を求め、証言の中で一定の文書によって確認ずみの事実であることを強調し、真実性の担保とするという実質的な民訴法三一二条一号の脱法行為を許すことになる。

また、被告は文書(二)による証人江戸らの報告に基づき、原告には一定の仕入金額のあったことを前提に、同業者比率により原告の所得金額を算出し、これを弁論で主張しているのであるから、被告は民訴法三一二条一号による文書提出義務を負う。

また、文書(二)は、いずれも被告が原告のなした申告につき調査し、原告の納税額を確定するために作成された文書であるから、原告の地位や権利義務を発生させるために作成され、原告の地位や権利あるいは権限を明らかにする文書であるといえるし、さらに、右文書は納税債権者たる国家公務員が納税債務者たる原告との間で債権債務を確定させるために原告の関与を得て作成された文書であるから原、被告間の法律的地位関係を基礎付けるために両者の直接、間接の関与により作成された文書であるといえるので、被告は民訴法三一二条三号前段及び後段により右文書の提出義務を負うべきである。

第三被告の意見

一、文書(一)について

被告は、推計の合理性を主張するために、AないしHという原告と同業者の差益率を同人らの青色決算申告書等を根拠に主張し、かつ、それに対応しAないしH作成の文書(一)の各文書を書証として提出したものであって、具体的な個人を作成名義人と主張した青色決算申告書を提出したり弁論に引用したわけではない。

仮に文書(一)が民訴法三一二条一号の「引用したる文書」に該当するとしても、同条の文書提出義務は裁判所の審理に協力すべき公法上の義務であり、基本的には証人義務と同一の性格のものであると解されるから、公表が法律の規定上禁止されている文書は、同法二七二条を類推し、その提出義務を免れ得ると解するのが相当であるところ、氏名及び住所を明らかにした文書(一)を提出することは、被告あるいは税務職員が所得の調査事務に関して知ることのできた秘密を漏らすことになり所得税法二四三条及び法人税法一六三条に違反するので、被告は文書(一)の提出義務を免れることができる。

二、文書(二)について

被告は文書(二)を本件訴訟の口頭弁論において引用した事実は全くない。また、被告の所属職員であった証人江戸修が本件訴訟の証拠調べ期日において文書(二)の存在及びその内容について証言しているとしても、訴訟当事者以外の第三者の引用にすぎないから、民訴法三一二条一号に該当しない。

また、文書(二)は、更正処分をなすために課税庁がもっぱら自己使用のために作成したものであって、挙証者である原告の利益のために作成されたものといえないばかりでなく、専ら被告の内部における自己固有の行政事務執行便宜上作成した自己使用のための内部的資料にとどまるものであるから、民訴法三一二条三号の文書には該当しない。

仮に文書(二)が三一二条三号に該当するとしても、第三、一記載のとおり、文書所持者にも民訴法二七二条、二八一条一項一号の規定が類進適用され、文書所持者に守秘義務のあるとき、あるいはその文書の公表が法律の規定によって禁止されているときは、右文書の提出義務を免れると解するのが相当であるところ、文書(二)は所得税法二四三条にいう所得税の調査に関する事務に関して知ることのできた調査資料であって、被告は国家公務員法一〇〇条一項、所得税法二四三条等の規定によりこれらの文書について守秘義務を負うものであるから、被告は文書(二)の提出義務を免れることができる。

第四被告の意見に対する原告の反論

一、原告が提出を求めている文書(一)は被告が証拠として取調を請求した文書の原本であって隠ぺい部分はその内容の一部をなすものであり、被告は、具体的個人(納税義務者)が存在し、それらが原告と同一業種であることを前提に、その申告した内容を検討した結果として乙第六号証以下の文書を引用しつつ差益率を主張しているのであるから、民訴法三一二条一号に該当する文書であることは明らかである。

民訴法二七二条、二八一条一項一号は真実発見のために規定された第三者の証人義務に対する例外の措置であるから、訴訟当事者に対して安易に類推適用すべきではないし、また、本件では被告が証拠調べ請求した書証の一部秘匿部分の開示を求めているのであるから、証言義務の場合とは性質を異にするので右各規定の類推適用はない。

訴訟において、当事者である被告が自ら所持する文書を自ら引用して自己の主張の根拠としながら秘密保持の要請を盾にその提出を拒否するのは、相手方の防御権を侵害し、訴訟における信義則に反するし、また、被告自らがその主張の根拠として文書を提出した以上、被告の負う守秘義務を自ら放棄したものとみなされるべきであるから、被告は文書(一)の提出義務を免れない。

二、文書(二)の内容は、多くは原告の取引状況に関する資料であり、原告に秘密とされるものではなく、被告が右文書を提出しても守秘義務に反するとはいえないのであるから、被告は文書(二)の提出義務を免れない。

第五当裁判所の判断

一、文書(一)について

1  一件記録によれば、被告が文書(一)を所持していること、被告は原告の昭和四三年度及び同四四年度分の所得税について更正処分をするに際し、原告の営むスーパーマーケットである食料品小売業者で青色申告をしている個人八名、法人六社の計一四業者の内、原告と同様酒類及び煙草の販売を行っている七業者を抽出しこれにAないしHの符号を付けて個別に立地条件、営業規模等を比較検討して推計のために最も適切な業者であると被告が判断したA及びBの当該年度の平均差益率を計算し、その数値に基づき推計によって原告の所得金額を算出したこと、被告は本訴において右平均差益率の合理性を立証するための証拠方法の一つとして、AないしHの所得税青色申告決算書あるいは損益計算書を書証乙第六ないし第一三号証の各一、二として提出し、かつ右書証中の売上金額、差益金額を書面で引用し主張したことが認められる。

2  そこで、まず文書(一)(特にその隠ぺい部分)が民訴法三一二条一号の「引用したる文書」に該当するか否かにつき判断するに、文書(一)の決算額欄等の記載は、同文書中の氏名、住所欄等の申告者を特定するための記載と一体となって、初めて具体的な特定人の青色申告決算書及び損益計算書として意味を持つのであるところ、被告も右隠ぺい部分の欄に具体的な氏名、住所等の記載があり右文書が青色申告書及び損益計算書として完成していることを前提にした上でその記載内容を自己の主張の根拠としていることが明らかであるが、それは提出された乙号証をとおして隠ぺい部分の文書の存在を引用していることに外ならないから原告は原則として文書(一)の隠ぺい部分についても提出開示を求めることができるというべきである。

3  しかしながら、文書(一)の青色申告決算書及び損益計算書は、申告者の所得金額或いは資産負債の内容を明らかにするもので、他人に知られることを欲しない個人の秘密に属することを記載するものであるから、その内容は、申告を受けた当該税務署長にとっては国家公務員法一〇〇条一項所定の「職務上知ることができた秘密」及び所得税法二四三条、法人税法一六三条所定の「その事務に関して知ることができた秘密」に該当するので、青色申告決算書及び損益計算書に記載された各納税者の所得金額、資産負債の内容等について守秘義務を負っていると解される。そして、税務署長が訴訟当事者として右のような文書の一部を訴訟において書証として提出し、あるいは引用したからといって、各納税者が秘密保持の利益を放棄したとみなすことはできないので、当該税務署長は右事項につき依然として守秘義務を負っているというべきである。そして、訴訟当事者の立証上の便益のために法によって保護されている訴訟外の第三者の右秘密保持の利益を侵害することは許されないから、右のような守秘義務を負う当事者は、当該第三者が秘密保持の利益を放棄もしくは喪失しているとみられる特段の事情のない限り、民訴法三一二条一号による提出義務を免れると解すべきである。そして、特段の事情の認められない本件においては、被告は文書(一)について民訴法三一二条一号による文書提出義務を免れると解される。

二、文書(二)について

1  文書(二)が何を指しているかは必ずしも明らかでないが、被告の意見書を斟酌すると、当該文書は原告に対する所得税の更正処分を準備する過程において北見税務署の職員によって職務上作成された原告との応対の様子及び原告の所得調査をするに際してその取引先等の協力を得て調査した結果とその資料を記載した書面であって、被告はその存在及び所持を認めている。しかしながら、本件訴訟記録によると、右文書について被告がその主張、立証のために本件訴訟の弁論においてこれを引用した事実は全くない。もっとも、北見税務署所属の職員であった江戸修の証言中には、原告代理人の反対尋問に対し文書(二)の内容に触れた部分があるが、対立当事者の一方に所属しているとはいっても、証人にとどまる者がその証言において言及したに過ぎない文書は民訴法三一二条一号にいう「訴訟において引用したる文書」に該当しないというべきである。

2  また民訴法三一二条三号前段にいう「挙証者の利益のために作成された文書」とは、後日の証拠のために挙証者の地位や権利ないし権限を証明し、またはそれを基礎づけるために作成された文書を指称するのであるから、更正処分をする過程で、税務署職員が公表を予定しないでその調査した内容を記載した文書(二)がこれに該当しないことも明らかである。

3  最後に文書(二)が同法三一二条三号後段の文書に該当するか否かにつき判断する。民訴法が同法三一二条各号において文書提出義務を規定した趣旨は、書証については当事者が自ら所持する文書を現実に提出するのが原則であるが、挙証者の立証に必要な文書をたまたま当該訴訟の相手方または第三者が所持していて任意に提出できない場合に、主として衡平の見地から文書の所持者が有する文書の処分の自由を制限し、同人に提出義務を課し挙証者の立証の便宜を図ると共に、訴訟の真実発見にも役立てようとするところにあると思料されるので、同法三一二条三号後段の「挙証者と文書の所持者との間の法律関係に付作成された」文書とは、挙証者と文書の所持者との間の法律関係それ自体を記載した文書のみならず、右法律関係自体ないしその存在に直接または密接に関係のある事項について作成された文書をも包含するものと解すべきである。しかし、民訴法三一二条各号の規定は、前記のとおり、証拠資料の獲得という訴訟上の必要と、文書所持者の利益保護という相反する利益の調和を図るために規定されたものであるから、文書提出義務を課すことにより右文書の所持者に不必要な不利益を及ぼすことまで予定するところではないから所持者が外部に公表することを予定せず、もっぱら職務上の便宜等のために任意に作成する自己使用のための内部文書は、これが公表されることになると、プライバシーにわたる事項、職務上の秘密事項、個人的意見にわたる事項等が公表され、文書作成者等が不利益を被ることが予想されるので、同法三一二条三号後段の「文書」には該当しないと解すべきである。これを本件についてみると、文書(二)は、その内容等から判断して法令上その作成が義務付けられる等その内容を外部に公表することを予定されたものではなく、原告の所得調査を担当した税務署職員がその調査にあたってもっぱら事務執行の便宜のため作成した内部的資料であると認められるところ、これが公表されることになると、徴税事務上の秘密や調査に協力した者の個人のプライバシーに関する事項があばかれることになって、却って課税上の公平を妨げることになると考えられるので、同法三一二条三号後段の文書には該当しないと解するのが相当である。

三、よって、原告の本件申立はいずれも理由がないからこれを却下することにし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 石川恭 裁判官 仲江利政 裁判官 蒲原範明)

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